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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)7732号 判決

原告 庄田登茂雄

被告 協栄生命保険株式会社

右代表者代表取締役 川井三郎

右訴訟代理人弁護士 岡崎国吉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

「被告は原告に対し金一〇万円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との旨の判決。

二  趣旨に対する答弁

主文第一、二項同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

(1)  原告は昭和四四年一月六日被告会社に雇傭されたものであるが、被告会社は右雇傭に当り、訴外三鷹公共職業安定所をして、雇傭者募集条件として単に「三ヶ月間は見習社員として月額二万五、〇〇〇円を給する。」とのみ告げさせ、実際は三ヶ月経過後は無給になるのに、恰も期日経過後は本採用者として同額以上の給与の支払をなすかの如く原告を欺き、その旨誤信させた原告との間に雇傭関係を締結させ、被告会社の被傭者として勤務せしめた。

(2)  右によって原告は次のとおり損害り蒙った。

(イ)  原告は当時、駐留軍退職者就職促進手当の支給を受け、昭和四四年六月まで一ヶ月約二万円の割合による受給資格があった。しかし原告は被告会社に本採用されるものと誤信せしめられて就職したため、同年一月以降受給資格を喪い合計約一二万円の得らるべき利益を喪失した。

(ロ)  原告は右就職により被告会社の保険募集業務に従事したが永年勤務できるものと誤信したため、業績向上のため自己の負担で被告会社の業務のための交通費、外食費、交際費、見込客獲得のための進物費等約一〇万円に達する出費をなし、同額の損害を蒙った。

(ハ)  原告は以上合計二一万円の損害を蒙っているが、他方原告は被告会社から見習社員として一ヶ月金二万五、〇〇〇円の三ヶ月分計七万五、〇〇〇円の支給を受けたので、差引一三万五、〇〇〇円の財産上の損失を蒙っている。

よって原告は被告会社に対し、右損害のうち金一〇万円の賠償を求める。

二  被告の答弁

(1)  請求原因(1)中被告会社が原告主張の条件を示し三鷹公共職業安定所に募集申入れをなし、原告が被告会社に、いわゆる就職したことは認めるが、欺したとの点は否認する。右就職関係は雇傭ではなく保険募集業務の委託関係である。更に被告会社は原告に対し、三ヶ月経過後「右三ヶ月間の募集成績が責任額に達すれば」、当初の二万五、〇〇〇円の外に募集手数料も加わり二万五〇〇〇円以上の収入を得られるとの趣旨の説明をしているものである。

(2)  請求原因(2)項の損害の点は争う。

第三立証≪省略≫

理由

一  原告が三鷹公共職業安定所の職業斡旋の結果、その主張の日に被告会社に、いわゆる就職(その法律的性質は暫く措く。以下便宜就職と指称する。)したことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、原告が就職をきめるまでの概要として、次の諸事実を認めることができる。

原告は昭和二八年頃より立川駐留軍基地に事務要員として勤務し、昭和四一年七月頃退職し、昭和四二年四月頃まで失業保険手当を受給していたが、駐留軍関係離職者等臨時措置法の適用を受けるに至り、昭和四二年三月以降同四四年六月三〇日までは失業中就職促進手当の受給資格を得、昭和四三年三月一日以降は日額として六七〇円を得ていたこと、原告は右手当を受けるより就職を望み、特に文字系統の仕事を希望していたが、昭和四三年一二月一八日頃前示職業安定所の職員から、財団法人教育公務員弘済会に営業、事務の求人のあることの紹介を受け、就職条件としては、「見習期間三ヶ月、見習手当二万五、〇〇〇円、右期間経過後に本採用になるかどうかをきめる。本採用になれば収入も良くなる。」との趣旨の説明を受け、右弘済会の所在地に赴いたこと、ところが同所は弘済会の事務所というより寧ろ被告会社の田無支部としての活動がなされており、仕事の内容は原告の予想と違い、被告会社と右弘済会との連携による弘済会関係者が保険加入募集であることを知ったこと、原告は被告会社田無支部長慶田悦朗らから保険制度の社会的意義について説明を受け、保険制度は国民の生活の基盤であると確信し、当初予想した業務とは異ったものであるが右業務に従事することを決心したこと以上を認めることができる。

そうすると、被告会社が、原告主張の表現による就職条件で求職者を求め、且つ証人慶田悦朗の証言で窺われるところの、「見習期間中募集成績を挙げた場合の説明のみをなし、不成績の場合の説明をしなかったこと」があったとしても、いまだ原告を欺いて就職させたとまで認めることは困難であり、却って≪証拠省略≫に徴すると、原告の仕事は、いわゆる保険勧誘員であることを原告は了承して就職したこと、被告会社との関係は保険募集事務の委託関係(前示文書中には一部雇傭関係を示すが如き用語はあるけれども)であり、雇傭ではないこと、被告会社の外務書記に採用されるのは、見習期間中に一定額以上の保険募集の実績、並びに資格認定試験が必要であること、満六〇才を超えるものは書記採用は望めず、書記補職の委嘱を受けることがあるのみであることを記載した書面を示され、原告はこれに署名していること、原告は就職に際し右の点をただしていないこと、原告は就職後被告会社の為と考え募集に努力したが、昭和四四年二月中旬頃、同僚から、原告の募集実績では本採用を望むことは困難であることを知らされ、慶田悦朗に特別に本採用されたい旨の申出をなしたが認められなかったこと、そこで原告は三ヶ月経過とともに辞職したものであること、以上認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

右の事情から考えれば、原告は就職に当り、見習期間の身分は社員(雇傭)ではないこと、見習期間経過後本採用(社員としての採用)になるためには、通常の試用期間中の社員の場合と異なり、厳格な条件のあることを示されていたものと認めるのが相当であり、原告の退職は主としてその希望的見透しが容れられなかったためのものと解すべきで右の点について三ヶ月後は容易に本社員となれるものと被告会社に欺罔されたとする原告の主張は容認できない。

二  以上のとおりであるから、被告会社に欺罔されたことを前提とする原告の本訴請求は、損害額の点について判断を俟つまでもなく失当であるからこれを棄却するものとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小河八十次)

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